人生はスパイラル

皆さんは「人生の中で同じことが何回も繰り返して起こっているなぁ」と思ったことはありませんか?いつも同じような失敗やつまづき。あるいは成功。ひとりひとりの個人的な事だけでなく、戦争などもそうですが、歴史は繰り返されているようです。しかし、一見、同じことのようにみえても細かいことまでまったく同じではありません。当たり前のことですが、人はひとりで生きているわけではありませんから、取り巻く環境も変われば人間関係や考え方などもその都度、変化していきますので、事態は似ていても、少しずつ形は変わっているのです。同じような事態でも、その時その時で、そこから学ばねばならないこともあるでしょうし、気づきのために起きる時もあるでしょう。
では、人生を形であらわすとどんな形になるでしょうか?スキャンすると、人生はスパイラル(螺旋)状でそのスパイラルの一点を縦軸で捉えると、同じようなことが起きていることがわかりました。まさに、繰り返されるのです。エネルギーレベルは当然、その時々で変わっていきますから、そのレベルにあうような事態が起きます。そこで注意しなくてはならないのは、その「事態をどうのように捉えるか」です。

皆さんの人生は、ひとりひとりがそれぞれの人生において主役であり、監督・演出などもご自分で取り仕切っているのが実情ですから、すべてにおいて自己責任が生じてきます。一瞬一瞬の判断を迷わずにスパッと決断できる時はよいのですが、少しでも迷いがあるとき、誰でも最終的判断の判断材料のひとつとして背中を押してくれるものを求める傾向があります。この傾向自体はぜんぜん悪いことではないのですが、「因果応報」という言葉のとおり、物事はすべて、その起源となるものとそれによって生ずる報い(むくい)があります。よい報いも悪いと思う報いもあるでしょう。結果が悪くなったとき、みなさんだったら、その自体をどのように捉え、解釈しますか?

人というものは、自分にとってよいこと(=都合のいいこと)は、それだけで満足してしまいますから、すべてのことに肝要ですし、すべて前向きい捉えることができますので、あまり問題はありません。
けれども、自分にとって都合の悪い事に関しては、悲劇の主人公に仕立て上げようとします。ここが重要です!人間は自己防衛をしようとしますから、自己(または自体)を肯定しようとします。すると起きたことは「仕方なかったのだ→自分は悪くない→どちらかというと被害者である」という論理になってしまいやすいのです。特に最終的決断時に自分の考えだけで決めていない時に起きやすい傾向があります。この考え方は、感情的に自己を納得(満足)させるには非常に有効かもしれません。

しかし、皆さん。「ひとつの物事には日の当たる部分と、日の当たらない部分があるのだ、という陰陽のバランス」があるのです。このことを踏まえて考えるなら、悪いことほど本当は、そこから得るものも多くあるのだということがお分かりいただけると思います。これに気づけばしめたもの、前向きに捉えていけるかも知れません。
けれども、そのことに気づくことが出来ませんと、すべて悪い方向に捉えてしまいますので、現実の現象としては、本来自分の成長のために必要な出来事の分が起きているにもかかわらず、自分が求めていたものとはまったくほど遠い結果(に見えること)が現れてしまうのだということがお分かりいただけるのではないでしょうか?そしてまた、望んでいたことと結果のギャップに悩まされることになるのです。

では、どうしたら事態に対してスッキリと対処(解決)できるようになるのでしょうか?それには冷静になること、感情で判断しないこと、他人に振り回されないこと 正しい事実と本質を見極めること、物事の見方を少しかえてみること、が必要となります。
が、これらは言うは易し、行うは難しです。でも、皆さん、なにかを変えていかなくては今までと何も変わらないのです。ちょっとずつでもやらないことには、先にすすむことは絶対に出来ないのです。
もっとも大切なことはただひとつ。客観的になることです。昔の人は「岡目八目」(当事者よりも、わきから見ているもののほうが、ものごとのよしあしがはっきり見える、ということ)という諺を残してくれましたが、まさにそのとおりです。その証拠に皆さんも他人のことは、冷静にうまく判断できますよね。自分のこともそうなれるようにしましょう。大空を見てください。どの国の人も同じ空を見ています。宇宙から見たら、人間なんて肉眼で見えないくらいのちっぽけな存在です。動物も一本の木も判りません。判るのは、大きな塊の海や陸くらいのものですよ。小さなことにこだわり過ぎると、大局が見えなくなってしまいます。

常に「自分はなにをしたいのか」を念頭におき「初心を忘れずに」素敵な人生を送っていきましょう。